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おかげさまで私も家族も無事ですが・・・

2011年3月12日土曜日 13:37 | 0 Comment | 0 Trackback

【この項目は、当時のブログ誤消去後、現ブログを復元できた際も、
再掲示をためらっておりましたが、震災後1年となる
2012年3月11日に加筆修正の上、再掲示することとしました。
なお、当時頂戴したコメントについては、再掲示を控えさせていただきます。
当時コメントを頂戴した方には、ご心配いただいたことを
心から御礼申し上げるとともに、
事情ご賢察のほど、よろしくお願いいたします。】

まさにこの瞬間も、夢であって欲しいようなニュースが
テレビで時々刻々と報道されています。
かつての地下鉄サリン事件、阪神大震災、いずれも
信じられないような出来事で、ただただ呆然としてしまいましたが、
今回の東北大震災も、言葉を失うほどの凄惨な災害が起きてしまいました。

私の勤める会社は、都心の超高層ビルの高層階にオフィスがあるので、
昨日の地震はそれはそれはすざまじい揺れでございました。
最初はなんだかゆらゆらと揺れ始めたなぁと思っていたら、
そのうち床が1メートル以上動いたのではないかと思うほどの激しい揺れ。
しかも揺れが恐ろしく長い。
二つに仕切れる会議室のパーテーションがちゃんと固定されていなかったため、
左右に激しく揺れるのを見たときには失神するかと思いました。
たまたま立っていたのですが、
まっすぐ歩くことは出来ず、何とか自席に戻ったものの、
自分のいすが左右に激しく動き回っています。
何とかそれを捕まえ、机につかまりながら
揺れが収まるのを待ちましたが、
今話題の長周期振動だったせいか、なかなか揺れは収まらず
10分ぐらい揺れていたように思います。
もう船酔いになったみたい。

そうこうしているうちに2度目の大きな揺れが。
今度は縦揺れです。これもかなり激しい揺れで、
女性社員の悲鳴が上がります。
いよいよ社屋が壊れるのではないか・・・と思ったところで
ようやく揺れが収まりました。

はじめの地震がM8.8だった三陸沖を震源とする本震で、
2度目の大きな揺れは茨城県沖を震源とする地震。
震源が違っていたと言うことと、遠く離れた三陸が震源だったことに
またまた言葉を失ってしまいました。
東京の震度は最初が震度5強で2回目が震度5弱。
それでもあんなに大きな揺れだったので、
最大震度の7なんて、想像できません。

そんな地震におびえている間もなく、
想定される取引先への深刻な被害に対して、被害対策に着手。
余震が続くなか、
あ~でもない、こうでもないと仕事をやっているうちに
あっという間に夜が明けてしまいました。
一段落したので、さあ帰ろうという段になって、
今度は長野北部で立て続けに大きな地震。
次は東海地震にならないことを祈りつつ、
動き始めた地下鉄を乗り継いで、
ものすごい時間をかけて、とりあえず東京の実家に戻ってきました。
あ、今もまた揺れています・・・

何しろ長野新幹線が未だ不通なので、
軽井沢には帰れません。
一時は携帯も固定電話もつながらず、
かなりやきもきしましたが、
メールは何とか通じたので、
会社のメールで連絡したのが何とかうちの奥さんに届いたようで
幸い、うちの奥さんも自宅も被害は全くなかったことがわかりました。
実家も大きな家具が倒れたりすることも、食器が割れたりすることもなく、
両親も、入院中の祖母も含め全員無事でした。

今日は夕方4時頃から長野新幹線が動くらしいので、
このあと東京駅へ向かい、何とか軽井沢に帰る手段を探したいとと思います。
お願いだから、動いてくれ!・・・という感じです。

そうこうしているうちに、今ニュースで
福島第一原発で、炉心の燃料棒が溶け、
放射性物質が外に漏れだしたとのことです。
どうかさらに被害が拡大しないことを祈ります。

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