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上田丸子電鉄真田傍陽線

2008年4月21日月曜日 22:22 | 0 Comment | 0 Trackback

さて、本日は少し鉄ちゃんな話題です。
とはいえ、svetlaは現役ばりばりの鉄ちゃんではありませんので、
念のため。
ただ先日の秩父山中の鉱山集落など、
近代の産業遺跡に非常に興味があるのです。
かつて日本全国に張り巡らされ、その後廃線になってしまった
鉄道もその関心の矛先の一つです。

長野県も軽井沢~横川間の碓氷線をはじめ、草軽電鉄、
小諸から布引観音を結んだ布引観音鉄道、善光寺白馬電鉄、
長野電鉄木島線など数多くの廃線となった鉄道が存在します。
その一つが、上田と真田町を結んだ上田丸子電鉄真田傍陽(そえひ)線です。
現在も上田電鉄として、別所温泉を結ぶ別所線が残っていますが、
かつてはこの別所線の他、上田丸子電鉄という名の通り、
丸子と上田を結ぶ丸子線などもあり、
上田を中心に、私鉄の電鉄網が広がっていたのです。
これはこの地が製糸業が盛んで、長野の一大産業地帯だったため、
次々と鉄道が敷設されたようです。

さて、以前から気になっていたその真田傍陽線の遺構が、
上田城の脇に残っているとのことで、ずっと見てみたいと思っていたのです。
一昨日上田に行った際に、念願かなってみることが出来ました。

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上田城大手門に続く橋の下の空堀、これが真田傍陽線の路線あとです。
昭和47年までここを電車が通っていたそうです。
円形の橋の下に見える段差は、「公園下」という駅のホームのあとだとか。
橋の下には、まだ電車の電線を通した碍子などが見えますね。

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今度は橋の上から真田方面をのぞいてみましょう。
線路あとが桜並木の下を一直線に続いています。
それにしても、列車の中からも、そとからも、
このあたりから見る風景はすばらしいものだったでしょうね。

200800421-3.gif

逆側の上田駅方面側を見ると、こんな感じ。
ちょうどホームのあとと、そこに続く階段がよくわかりますね。
この階段は、いまでも線路あとの遊歩道から、上の道に上がるための階段として
使われています。
ちょうどこの先に団体バス駐車場があるため、
団体さんが登ってくるところでした。

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線路はこの先上田駅方面にカーブを切り、
駅前の旧東急イン(現在は上田ステイ)の場所にあった終着駅に
到着したようです。
そういえば、上田電鉄は東急系。そもそも、東急の実質的な創業者五島慶太は
上田の奥にある青木村の出身だそう。出身地の交通は、やはり傘下におさめていたのでしょう。

ちなみに上田駅の正面にあるイトーヨーカドー。
こちらの現在の鈴木敏文会長は、上田のとなり坂城町の出身だそうです。
なるほどねぇ。

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今回の上田行き、車が混んでいるといけないということで
そもそも電車で向かったのでした。

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軽井沢から850円。以外と高いような、新幹線と比べたら安いような・・・

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ただ、しなの鉄道、本当に久しぶりに乗りましたが、
車窓からの眺めは絶景です。
特に、御代田から信濃追分にかけての車窓から望む浅間山は、
遮るもののない原野の向こうに雄大な山容を望み、
本当に絶景以外の何物でもありません。

こんな絶景のすばらしい鉄道路線、沿線に観光地もそこそこあることだし、
横軽間の碓氷線と合わせて観光鉄道にしてしまえば、
結構客を呼べると思うのですけど、いかがなもんでしょうか。
たとえば横川~軽井沢はアプト式鉄道を復活させ、
軽井沢から上田まではSLを走らせるとか。
せっかくの鉄道資産、生かさない手はありません。
そうしないと、また新た廃線あとが出来てしまうような気が・・・・
一時間に一本では、利用者が増えるわけもありません。


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